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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4632号 判決

原告 株式会社中村屋

右代表者 相馬安雄

右代理人弁護士 大原信一

和田栄一

被告 株式会社 大丸

右代表者 小野雄作

右代理人弁護士 横地秋二

右復代理人弁護士 原田一英

主文

被告は原告に対し金九十四万九千三十六円と、これに対する昭和三十年七月九日以降完済までの年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)原告は菓子の製造販売を業とする株式会社、被告は百貨店として物品販売を業とする株式会社であるが

(二)昭和二十九年十月十九日原被告間に、原告がその製菓を被告会社東京店において販売するにつき左記約旨の約定が成立した。

(イ)原告は被告に対し、被告会社東京店における原告製菓の売上高の九分を売上歩合金名義で支払うこと。

(ロ)売上金は被告において収納し、毎月十五日、月末の二回に亘り区分して売上高を集計し前示売上歩合金を控除した残額を、毎月十五日に集計の分はその月の月末に、又月末に集計の分は翌月十五日に原告に支払うこと。

(三)右約定に基き原告は昭和二十九年十月二十日以降同月末までに被告会社東京支店において売上高百五万四千四百八十六円に相当する菓子類を販売したが、その売上金は被告において収納した。

そこで被告に対し右売上高から約定売上歩合金を控除した残余の金九十五万九千五百八十二円の内、未済部分九十四万九千三十六円とこれに対する支払期(昭和二十九年十一月十五日)の後である昭和三十年七月九日(本件訴状が被告に送達された日の翌日)以降完済に至るまでの商法所定の年六分の利息の支払を求める次第である。

被告主張の抗弁事実は否認する。被告方に原告方の店員と称し、原告名義の領収証を持参した者があつたとしても、同人は原告方の店員ではないし、領収証も偽造に係るものである。

と述べ、

立証として甲第一号証を提出し、証人望月正光、小林健二、滝井平作の各証言を援用し、乙第一号証の原告の表示印、社印、出納課長望月正光の署名、印影並に印紙の割印(正光の割印)の真正のものであることは認めるが成立は否認すると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の(一)乃至(三)の事実は全部認めると述べ、

抗弁として、原告が本訴において支払を求める金九十四万九千三十六円については、昭和二十九年十一月十五日原告方の店員が同額の原告の領収書を持参して支払を求めたので同日被告は右金員の支払に代え被告振出の金額九十四万九千三十六円、振出地東京都支払人を東京都千代田区丸ノ内一丁目住友信託銀行株式会社東京支店とした持参人払式一般線引小切手一通を振出し右店員に交付した。従つて支払済であるから本訴請求には応じ難い、

と述べ、

立証として乙第一号証を提出し証人広瀬郁子、古本智恵子、高橋米子の各証言を援用し甲第一号証の表面の成立は認めるが裏面の成立は不知と述べた。

理由

原告主張の(一)乃至(三)の事実は被告の認めるところである。

そこで被告の抗弁についてしらべてみると、原告の表示印、社印、出納課長望月正光の署名、印影並に印紙の割印(正光の割印)の真正なものであることに争のない甲第一号証の存在並にその表面の成立について争のない乙第一号証の存在、証人望月正光、小林健二、滝井平作、広瀬郁子、古本智恵子、高橋米子の各証言を綜合すれば昭和二十九年十一月十四日、売上金の支払期を明日に控えて、被告から支払通知書が来ることになつているのに、その通知書が原告方に到着しないので、原告方の経理担当員より被告に電話で右通知書の件を問合せたところ、すでに発送してある旨の返事があつたが、その後間もなく被告の名で後刻参上すべき旨の電話があり、その三、四十分後に被告方の店員と自称する豊田千秋と名乗る男が原告方に到り、「被告がかつて、支払先より届出の印鑑の照合だけで、支払をしたところ、詐欺に遭つたことがあるので、被告としては、支払先に二枚の領収証を作つて貰い、一枚は雛形として真実の領収証と割印を押して貰つて、その真実の領収証を被告方に持参した者がある場合に、雛形の領収証と照合することにしているので、その照合に使用するための雛型の領収証を交付あり度い」旨の申出をしたので、原告会社の出納課長望月正光は領収金額記載欄を白紙のままの乙第一号証の領収証を作成し、その左肩にという青色のゴム印を押捺し、真実の領収証の用紙と社印で裏面に割印をなし、照合用の雛型として豊田と称する男に交付したところ、その豊田と称する男は右雛型の左肩のの印影をインク消で消した上、その雛型の原告の表示印、社印、代理人出納課長望月正光の署名、印影のある用紙を使用し、受領金額欄に擅に「九拾四万九阡参拾六円也と記入して、原告代理人望月正光の同額の領収証を偽造した上、翌十五日右偽造の領収証を被告方担当事務員に提出したが、被告方事務員は、被告方の帳簿上原告に支払うこととなつている金額と右受領証記載の金額とが一致し、且つ原告より予ねて被告に届出ててあつた原告方の領収印と受領証の印影とが符合するので、原告に対する支払として(支払に代えてか、支払のためかは暫らく措く)領収証記載の金額と同額の被告主張の小切手一通を右受領証提出者に交付したものであることが認められる。

右認定の事実にすれば、偽造の受領証を提出して被告事務員より小切手の交付を受けたものが原告又はその代理人望月正光より売上金受領の権限を与えられていた者ではない、ことは明であるし又他人名義の受領証を持参したものは、自己の名において、受領するものではないから債権の準占有者とも云えない。民法第四百八十条は「受取証書の持参人は弁済受領の権限あるものと看做す」旨の規定を設けているがその趣旨は真正に成立した受取証書を持参した者に対しては、その受取証書が、盗取、詐欺、喝取又は拾得されたような場合でも、過失に因らないでその事実を知らない相手方(受取証書を提出されたもの)を保護し取引の安全を確保するだけのものであり、受領証が偽造された場合は自己の名を使用して受領証を偽造された被害者の保護までも抛棄して相手方を保護する法意ではないので、偽造受領証の持参人は同法条の「受取証書の持参人」には含まれないと解するのが一般であり、裁判所の取扱も従来そのようになつている。本件の受領証は法律上は偽造であるが、受領名義人の署名も印影も真実のものであるから、相手方には酷なように思われるけれども、理論上は前示法条に該当しないものと断ずるの外はない。

してみれば、被告が偽造受領証の持参人に受領の権限のないことを知らず、又その知らないことについて過失がなく、小切手は支払に代えて交付されたものだとしても、右持参人に対する小切手の交付が、原告に対する被告の売上金支払の効力を生じないことは上来説示したところによつて明である、

してみれば被告に対し約定による売上金の支払として金九十四万九千三十六円とこれに対するその約定支払期の後である昭和三十年七月九日以降完済までの商法に定められた年六分の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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